「君とかき氷と風鈴」

 セミがうるさく鳴いている。
 じりじりと頭部を焼く太陽と、むせ返る地熱が、汗を拭う行為をあざ笑っていた。

「お疲れさん」

 かけられた声に、桜木は振り返る。

「洋平」

 片手に持つ白い袋に、桜木はボールと戯れるのを中断した。

 低い鉄パイプは焼けるように熱かったが、二人はそこに腰をかけた。
 木陰のベンチはすでに占領されていた。

「多分ここにいるだろうと思って、陣中見舞いにやってきたぜ。ほい、おみやげ」
「おー、さんきゅう」

 袋からかき氷を取り出すと、桜木はそれを額やら首の後ろやらに当てる。
「あー、気持ちいー」
 それを見て笑いながら、もうひとつの蓋を水戸は開けた。
「早く食わねーと、溶けちまうぞ」
「おー」

 木のスプーンを突き立てるたびに、かき氷はどんどんシャリシャリになっていく。
「洋平、バイトは?」
「今日は午後から。これ食ったら行くよ」
 ベンチを埋めていた数人の母親が、「お昼よ」と言って子供達を呼んだ。

「今頃流川の奴、くさってんじゃねーの?」
「かもなぁ」

 8月13日から15日までの三日間。お盆で部活は休みだ。
 自分はここに残ると言った流川に、墓参りに行かねぇなんてバチが当たるぞと桜木は言った。
「そんな不孝者は嫌いだ」
 流川はギロリと桜木を睨んだあと、わかったとため息をついた。
 昨日から明日まで、家族と一緒に里帰りしている。

「お前は行ったのか? 墓参り」
「明日」
「ばーさんとこは、やっぱ行かねーのか」
「金ねぇもん。仕方ない子だねって言われたけど、正月は絶対命令出された。貯金しねぇとな」

「お前もつまんねーんじゃねぇの? 流川がいなくて」
「うーん……かもなぁ」
 半ば流し込むように、かき氷をかき込む。
「でも、寂しくはねぇな」
「へぇ」

「風鈴、もらったんだ」
「流川から?」
「おー。元は親父さんだったかおふくろさんだったかの貰いもんらしいんだけど、うちには必要ねぇっつって、オレんとこに持ってきた。てめーんちの方が合うっつって」
 桜木のところにはクーラーも扇風機もない。

「うち、窓、東南向きだろ。たまに風入ってくるけど、なかなか鳴らねぇんだよな。紙がゆれるだけでよ」

 そう言って手を動かせて見せる。

「でも、たまに鳴るんだよ。ちりんちりんて」

 そんな桜木の顔を見て、水戸はごちそうさんと言った。
 空になったカップが、その手の中でじっとしている。

「江戸風鈴って、きれいな音だよな。小さくてさ」

「あれ? そういえばお前んとこ、風鈴あったよな。銅製の」
「おう。居間にな。あれも長ぇよな。あっちは音大きくてよ」
「付け替えたのか?」
「いや。奥の部屋につるした。ルカワのは」
 桜木の住むアパートには二間あることは知っているが、奥に通されることはまずなかった。軍団でドンチャン騒ぎをやるときも、居間だけで事足りている。

 ごちそうさまと言う水戸に、桜木は「さっきも言ったぞ」と目をしばたたいた。
「ぼけんなよ」
「そりゃお前の方」
 笑って水戸は腰を上げる。

「ほんじゃ、ぼちぼち行くわ」
「おー。頑張って働いてこいよ」

 去っていく水戸の姿を見送ると、桜木は片手でボールを掴み取り、ぼんやりと呟いた。
「……腹減ったなぁ」
 太陽は中天に程近かった。

2003/08


きまぐれにはなるはな