「こぼれた想い」
「好きだ」
その声に、流川は足を止めた。
張り詰めた空気が扉の外にまで伝わってきて、流川の周囲を取り囲む。
低く、吐息まじりの呟きだった。
抑えきれなくなった想いが、思わずあふれ出てしまったというような。
引き戸に伸ばした腕がためらった。
部室の中に、今誰がいるのか。誰といるのか。
桜木は誰に向かって、今の台詞を言ったのか。
そうだ。今のは桜木だった。
これまで聞いたことのない声音だったけれど、流川が間違えるはずがない。
ためらったのは数瞬で、流川は普段の勢いを意識しながら扉を開ける。
ロッカーに額を当て、体を預けていた桜木が、驚いたように顔を上げた。
「――ルカワッ」
すばやく室内に目を走らせる。桜木のほかに人影はなかった。肩の力を抜きながら、流川はロッカーに歩み寄る。
帰り支度を始める流川を、桜木はじっと見ていた。
何か言いたいことでもあるのか。けれども口は開かない。
そのくせ身じろぎひとつしないで、ずっとこちらを見ているのだ。
流川は桜木の視線を感じながら、黙々と着替えを続けた。
らしくない沈黙が耐え切れなくなったのか、それとも、きっかけを作ってやろうとでも思ったのか。
流川は自分から口を開いた。
「てめー、ロッカーに告白してんのか」
「――聞いてっ――!!」
「聞いてた。んで、ロッカーに嫉妬した」
扉を閉じながらそう言い、流川は桜木に視線を投げた。
聞こえなかったのか、怪訝そうに赤らめながら顔をこわばらせている桜木に、至極真面目に流川は問う。
「てめーは誰が好きなんだ。あの女か」
「あの女……?」
「赤木先輩の妹」
「……ハルコさんの事、あの女なんて言うんじゃねぇ」
おめーに惚れてんだぞ。その台詞に、流川はムッとする。
「知るか」
そして、危惧していることを口にした。
「あの女がオレじゃなくて、今はてめーを好きなんだっつったら、どーすんだ」
「え?」
「告白すんの? ロッカーじゃなくて、あの女に」
目を見開いて、桜木は言葉をなくしていた。
流川は居たたまれなくなって、一人部室をあとにする。
桜木は顔を伏せた。痛くて痛くて、胸がキリキリ音を立てた。
鼻の奥がつんとしてきて、思わず眉間にしわが寄る。
「何で、そんなこと言うんだよ……」
『流川』と書かれたロッカーに、桜木は再び額をつけた。
2003/06
⇒きまぐれにはなるはな