「机」
流川は、その机に指を走らせた。
「まったく。新学期早々追試だなんて、穏やかじゃないわね。さっさと済ませてきなさいよ」
五限目終了後の休み時間。科学室から教室へと戻る途中、偶然会った彩子に遅れる旨を伝えるとそう言われた。
流川はそれにこっくりと頷いた。
数学担当の教師から、追試場所を言い渡されたとき、流川は気付いていなかった。
十組を出て、その教室への道すがら、追試に対する欠伸が漏れる。
『1年7組』のプレートを確かめる前に、流川ははっと足を止めた。
黒板に、追試開始時刻がでかでかと書かれている、人気のないその教室に、流川はふらふらと迷い込む。
席は自由だったはずだと、そんなことは考えなかった。ただ何かを探すように、流川の視線は下を向いていた。
二学期が始まるまで数度、そしてきっと始まった直後に、席替えがされているはずなのに、その机は、一学期の初めのまま、そこにあった。
ガタイがデカイから、一番端か一番後ろにしかならないことは確かだけれど、それがそこにあることが、何だかその机の主を皆が待っているようにも見えた。
机の端に、控えめに落書きされている『天才』の文字を、流川はゆっくりと指でなぞる。
もっとデカく、机いっぱいに書きゃいいのに。
そういうのが「らしい」と思っていたのは初めの頃で、今はその桜木らしい小さな主張に、流川は何だか切なくなった。
日当たりのいいその席に着き、流川は机に顔を埋めた。
そこは日向のにおいがした。桜木と同じにおいだった。
グラウンドから微かに聞こえる運動部員の掛け声。廊下に木霊するいろいろな音。窓から伝わる正門のざわめき。
焦点が合わない距離にある『天才』の文字をぼんやり見つめて、流川は小さく言葉をもらす。
「……さっさと済ませてこい、どあほう」
それは集まりだした他の生徒の耳には届かなかったけれど、その方が却って好都合だった。
2002/11
⇒きまぐれにはなるはな