バラの咲く庭
「お見合いっ?!」
あまりの唐突さに、宮城リョータはただただ呆然としてしまった。
思い続けて、早十余年。何度も果敢にアタックしては、いつも何気に肩透かしを食わされて、リョータはにじむ涙を堪えつつ、ただアヤちゃんの傍にいられればそれでいいと、ようやく最近思えるようになったその矢先。
何故だか妙に弾んだ顔で、自分を訪ねてきたと思ったら、
「実は昨日、お見合いの話を持ち掛けられてね」
アヤちゃん、それはあんまりだ。
「……それで、アヤちゃん。その話、どうしたの」
「受けることにしたわよ」
「何で?!」
さらりとした返事に、リョータは涙した。
そんなリョータに、彩子はふっと笑みを漏らす。何か悪策のありそうな笑みだ。
「リョータ。実はここからが面白いのよ」
こいこいと、彩子はそう大きくない卓袱台の向かいに座るリョータに身を乗り出させ、トップシークレットを暴露する口振りで話し出した。
「何と、その相手というのが、流川なのよ」
「……流川?」
訝しげに聞き返す。
「そう」
「流川って、あの流川?」
「そう」
「あの、オレらのバスケ部の後輩の」
「そう。あの」
流川楓!!
何故リョータは、鳩が豆鉄砲食らったような顔をしているのか。
説明しよう。流川楓とは。
面は色白、切れ長眼。すぅっと通った鼻筋に、滅多に開かれることのない唇。
動きに合わせて弾む、漆黒の黒髪は、全然手入れされた跡もなく、授業中はいつも、そのすらりとした長身を精一杯屈めて、机によだれの跡を残し、寝起きは最悪、口も最悪。振った女の数知れず。
要するに、見た目は最高、中身は最悪という輩だ。しかし、本当に悪いヤツかといえば、そうではない。
単に人付き合いが苦手なだけで、知れば結構かわいいのだ。ただ、馬鹿が付くほどバスケのことしか考えていなかっただけで。
そう、そのために泣いた女子は多かった。
流川の、ひたすらバスケに打ち込む姿を見て、憧れだけにとどまる子たちは賢明で、まかり間違って告白しようものならば、即刻打ち首、切り捨て御免。
言葉を選ばないと言うよりは、知っている言葉がそれ位しかないような単語しゃべりで、しかもその一つ一つがとても辛辣で、偶然その場面に出くわした者は皆、口をそろえて冷酷至極と彼を称した。
リョータはじっと、姉御肌を全面に出した彩子の顔を見つめた。
「アヤちゃん。それは見合いじゃないんじゃ……」
見合いというのは、知らない者同士が、結婚を前提に、知り合う場なのではないのか? というのが、リョータの考えらしい。
「どうやら流川にはそうみたいね」
「と言うと?」
「そのお見合いの日時が、明後日の三時なの。水曜の三時。普通そんな時間にお見合いなんてする? 仕事の真っ最中に。
でね、詳しく聞いてみたら、先方には商談ということで話を通してある、て言うのよ」
「つまり。見合いだということが流川にばれたら、あいつのことだから絶対その話には乗らない。ここはひとつ隠密に、と言うことか。
でも仲人とかは? 付かないの?」
「商談に仲人もへったくれもないでしょ」
「そりゃそうだ」
ここは『フラワーショップ・ミヤギ』の二階に造られた、こじんまりとした一室。
小さなコンロと流し場が付いた六畳一間、トイレ付き。風呂は近くの銭湯だ。
と言っても、ここの住人は宮城リョータではない。
「リョーちん!」
階下からの声に、リョータはおうっと返事をする。
何気に見た時計の針は、十時を指していた。
「アヤちゃん、帰んなくていいの?」
「もう店閉めてもいいかー」
「えっ、もうそんな時間?」
「送ってこうか? ――おうっ、売り上げのチェック頼むわ」
「いいわよ、別に」
「過不足はねぇぞ。今日もバッチリだ」
「てめぇっ、花道! また店閉める前にレジ閉めやがったなっ」
「いーじゃねぇかよ、暇なんだから」
「店長に向かってそんなこと言うなっ」
暇で悪かったな、暇で。
悪態を吐くリョータをよそに、彩子はため息交じりの笑みをこぼした。明らかに呆れている。
「相変わらず元気ね、あの子」
「しょうがねーよ、それだけが取り柄だ。まぁ、実際オレは助かってっけどよ。花のこと詳しいし、根っから好きみたいだし、オレよりこの店長いし」
リョータは立ち上がると、腰に手を当てぐるりと部屋を見渡した。
そして一つ大きくため息を漏らす。
「結局この十年。一度も家に帰んなかったな、あいつ」
「桜木花道?」
「そう」
「あの子がここに来てから、もう十年も経つのね」
「もう二十五だもんな。今更、親が心配すっから帰れって歳でもねーし、言っても聞かなかったし、親がいそうな感じでもねーしな。全くもって、謎なヤツを親父に拾わせたもんだぜ、このオレも……ところで、アヤちゃん」
「何?」
「その見合い、オレも付いて行っていい?」
「……お店はどうするのよ」
「何の為に花道がいると思ってるの」
「お見合い? アヤコさんが?」
翌日。
仕事帰りに『フラワーショップ・ミヤギ』を訪れた彩子は、きっと一方的に明日の午後の店番を一人で任されただろう花道に、事の次第を説明した。
「結婚すんのか? アヤコさん」
この桜木花道という男、歳は彩子やリョータとは一学年分しか違わないらしいが、ひどく幼く見える。
もちろん、黙って立っていれば年相応に見えなくもなく、加えて言うなら血の気の多そうな顔つきなのだが、とにかく表情が豊かなのである。
思ったことが素直に面に出てしまう。そのため、どうしてもうんと歳の離れた感じがしてならない。
今も大きく目を見開いて、思わず飴玉を与えてしまいたくなるくらいだ。
彩子は苦笑する。
「そんな大袈裟じゃないって。だってその相手、私達の後輩なんだもん」
「後輩って……バスケ部の?」
「そ。高校の時のね。いっこ下なの」
「知ってるヤツと見合いすんのか?」
「でも、それを知っているのは私だけみたいね。相手には、お見合いだってことは伏せてあるらしいし。全然そういったことに興味のない子でね。
私の方はもう27だし、いい加減そういう話も……むしろ遅いくらいだし。親を安心させるためにも、ここはひとつ芝居を打たないと。
でも普通、学歴みたいなものは事前に調べるものなのにね。笑えるわ」
「当分、結婚する気はないみたいな言い方っすね」
「さぁ、どうかしら」
花道は、甲斐甲斐しく動かしていた手を休めると、空惚けている彩子に向き直った。
「アヤコさん、リョーちんのこと嫌いか?」
にっこり笑って、彩子は答える。
「嫌いじゃないわよ」
「リョーちんはいいヤツだ。素性を明かさないこのオレを、親父さんにここにおいてくれるように必死こいて頼んでくれた。あの時が初対面だったのに。
それに、アヤコさんのこと、すげぇ好きだぞ。高一の時、一目惚れしてからずっと」
店のロゴが入ったエプロンをぎゅっと握り締める花道を、彩子はじっと見つめた。
ひどく素直で、一生懸命だ。
「分かってるわよ、桜木花道」
彩子はぽんと、花道の腕を軽く叩く。
「リョータには感謝してる。とても」
複雑な面持ちの花道に、彩子は話題転換を試みる。
「昨日暇だって言ってたけど、忙しいじゃない、結構」
「この時期本当に暇だったら、シャレにならねぇっす。稼ぎ時なのに」
花道が乗ってくれたので、彩子は内心ほっとする。
たまに話をする程度の付き合いしかない彩子にもわかるくらい、花道には繊細なところがある。
背負い込まなくてもいいようなものまで、一人で背負ってしまう。
人の痛みや苦しみを、自分のそれのように感じてしまう時がある。
自分のことを一切語らないとリョータから聞いて、彩子も何度かそのあたりのことをさりげなく聞きだそうとしたこともあったが、ガードは異常に固かった。
案外まだいろいろ抱え込んでいるのだろう。こだわらなくていいものを。
「そうね。……クリスマスか。
桜木花道。あんた今年は何か予定あるの?」
「なんもねぇっす」
「さみしいわね」
「アヤコさんに言われたくないっす」
「あら失礼ね。私だって予定くらいあるわよ」
「どうせ友達とパーティーなんだろ」
「彼女ぐらいつくったら」
「……だから、アヤコさんには言われたくねぇって」
「好きな子いないの」
「ノーコメント」
「会いたい子とか」
「……ノーコメント」
「あ。何、今の間は。いるのね」
「だからノーコメントって……あ、いらっしゃいませ」
そそくさと接客に戻る花道に目を向けながら、彩子はうーんと唸って腕を組んだ。
これは意外。花道に想い人があったとは。
「何、アヤちゃん。知らなかったの」
見合い場所の喫茶店に向かいながら、彩子が昨日の花道の反応をリョータに話して聞かせると、そんな答えが返ってきた。
どうやら、以前からリョータは知っていたらしい。
「前に聞いたことあんのよ、花道に。おまえならどんなシチュエーションでプロポーズするって。そしたらあいつ」
照れたような顔をして、両手を広げてみせた。
一面中バラの咲き乱れている庭で、このバラ全部あげるってな気分で言った。ずっと一緒にいようなって。そして今は、今度は自分が手入れしたバラの咲く庭で、もう一度それを言うのが夢だ。
「なんて言うんだぜ。すげードリーマー」
「なるほどね。それでせっせと貯金しているわけ。知らなかったわ。――自分のことしゃべっているじゃないの、あの子。しゃべらないって言ってなかった?」
「そのぐらいしか言わないんだよ。どこに住んでいたとか、何で家出てきたのかとか、全然言わねーんだ。心配かけるようなことはしてきてねーし、かけるようなこともしねー。とにかく、しっかり自立したい」
たとえば両親に暴力を振るわれていて、早く家を出たかったとか、ひどく経済的に苦しくて、少しでも親の役に立ちたいんだとか、そんな感じは全く受けなかった。
むしろどちらかというと、穏やかな時間を過ごしてきたように見受けられたから、尚更リョータにはわからなかった。
あの雨の日に、着替えだけを詰め込んだかばんを片手に、じっと店先の花を見つめていた、そのわけを。
「まぁ、悪いヤツじゃないし。ちゃんといろんなこと考えているみたいだから。オレも、あいつに何か言えるような人間じゃないし」
「考えすぎるところもあるけどね」
「わがままなんか優しすぎるんか、よくわかんないところがあるけど。――あいつの言っている『自立』って、何なんだろうな。家を飛び出して、一度も帰らないなんて、オレが考えているそれとは違うような気がする」
「心配しているのね」
「強情なところもあるし」
「強情ねぇ」
呟いて、ふっと彩子は思い出す。
「そういえば、流川もかなり強情だったわね」
「そうだっけ?」
「案外、似ていたりして」
「花道と流川がぁ?」
言ってリョータは視線を上げる。
二人とも、見た目は全く似ていないが、なるほど、言われてみれば。
「……似てなくはないかも」
「でしょ。――流川、元気かしら。驚くかな」
「覚えていたら、その可能性もあるけど。あいつ、バスケ馬鹿だったからな」
果たして、流川は二人を覚えていたらしく、無表情で有名だったその顔に、驚きの色をのせた。
「……先輩」
「あらーっ、久し振りね。元気だった?」
殊更大袈裟に声をかける。流川はいまいち状況を飲み込めていないらしい。彩子は楽しくて仕方なかった。
「リョータもいるのよ。リョータっ」
「おう、流川。元気だったか」
「うす」
困惑しながら、流川は軽く頭を下げる。
「ここで会ったのも何かの縁ね。しばらく近況報告といかない?」
「いいね、それ。ここいいか?」
「……仕事中」
どうやら単語しゃべりは健在のようだ。
「知ってるわよー。商談しに来たんでしょ?」
「……そうっす」
何で知っているんだ、だったら席を外してくれ。
口でも顔でも言わず、オーラで流川はそれを表した。
「まぁそうとんがるなって。オレらの話も聞けよ?」
「その商談の相手が私よ」
訝しげに、流川の眉が寄る。
二人はさっさと流川を囲むように席に着く。隣にリョータ、対面に彩子。
席に着くなり、彩子は「んふふー」と笑った。
「実はね、商談なんて嘘なのよ。今日はあんたと私のお見合いなんですって」
ちっと流川は舌打ちをする。相変わらず、特定の誰かと付き合う気はさらさらないらしい。
「安心してよ、私だってそんな気ないんだから」
「汚ねー手使いやがって、あのクソジジィ」
ぼそりと呟いたその言葉を、リョータは聞き逃さなかった。
「何だおまえ、見合いこれが初めてじゃねーのか」
「……っす」
「あら、何回目」
「覚えてねー」
外見は、仕事が出来そうなサラリーマンなのに、口を開けばあの頃のまま。
彩子は思わず、何てもったいない、と思った。それはリョータも同じこと。
それにしても、この歳になるまでずっとこんな調子だったのだろうか。
「おまえさ、誰かと付き合う気はねぇの」
「ねーです」
「はっきり言うな、おい」
「なぁに、あんたずっと一人でいるつもりなの」
「そのつもりもねーです」
今度は二人が眉間にしわを寄せる番だった。
「あ? 矛盾してねぇか? 誰とも付き合う気はねぇんだろ?」
「もしかしてあんた、好きな子いるの?」
「えぇ?! 何言い出すの、アヤちゃん!」
「心に決めたヤツならいるっす」
「何言い出すんだよ、流川っ!」
至極真面目な流川を相手に、二人の思考はしばらく止まってしまった。今の発言を分析するのに、ちょっと手間取ってしまったようだ。
「し……知らなかったわ。あんたに好きな子がいたなんて」
あまりの爆弾発言に疲れたのか、息切れしながら彩子は呟く。リョータは未だ迷宮の中らしい。
流川は流川で、彩子の「好きな子」という言葉に複雑な表情をする。
「それはちょっと違う」
「どう違うのよ。その子となら一緒になってもいいんでしょ?」
「一緒になる」
「だったらさっさと結婚しちゃいなさいよ。そうすればこんな目に遭わなくて済むんだから。お父さまにもそう言って」
「親父は知ってる。見合いの話を持ってくんのはジジィの方」
「なら尚更早く一緒になればいいじゃない。もう承諾済みなんでしょ? もしかして、あんたが勝手にそう思っているだけなの? 相手は嫌がってるんじゃないでしょうね」
「そんなはずねー。ずっと一緒にいようっつったのは、あっちの方」
「何も問題ないじゃない」
「いなくなった」
「え?」
「今どこにいんのか知んねー。オレには何も言わねーで、勝手にどっか行った」
「……振られたのか、流川」
リョータ、ようやく復帰したらしい。復帰早々、流川の一瞥を食らってしまった。
「それにしても、あんたが特別に思っている子がいたとは……ね、どんな子?」
とたんに流川は嫌な顔をする。どうやら話す気はなさそうだが、ここで引き下がる二人ではなかった。
「何よ。教えてくれたっていいでしょ。もしかしたら、力になってやれるかもしれないじゃない」
「無理。十年間、何の手がかりもなかった」
「十年?!」
「ちょっと待て、じゃおまえ、高校ん時から探してんのか?」
「そう」
「……だからあんな。ことごとく交際の申し込みを断ってたわけだ」
「あんたって、異様にひとつにこだわるタイプなのね」
呆れた口調の彩子に、流川はむっと口を閉ざす。
「そう怒んなよ」
「別に怒ってねー」
「だったら、ね。教えてよ。どんな子?」
「……どんなっつわれても」
どうやら流川は観念したらしく、言葉を探し始めたようだ。
「すげーうるせーヤツ。いつも笑ったり、すぐ怒る」
それじゃわからん、とリョータは思った。
「それから?」
彩子は根気よく先を促した。思い出すように、流川は視線を上に向ける。
「いつも一緒にいた」
「幼馴染みなの?」
「一緒に暮らしてた」
「どういうことだ?」
「庭師の元と一緒に、庭に住んでた」
「その元さんの子供なんだ」
「……本当の子じゃねーけど」
「何よ。要領を得ないわね」
「オレもよく知らねー。うちの玄関先に置かれてたって。赤ん坊の時」
「なるほど」
「元の養子ってことにして、元が育ててた。庭に咲いているバラの花が一等好きっつって、オレんことはって聞いたら、おめーも好きだっつってくれた」
「あんたでも、のろけることがあるのね」
「うちを出て行く素振りなんか、全然なかった」
いつも明るかったのだ。両親に捨てられた子供だと言う理由でいじめられたときも、それに傷つくこともなく、それがどうしたと言ってのけた。
オレにはゲンじいやルカワや、ルカワのお父さんやお母さん、お手伝いのハルばあちゃんだっているんだから、親がいなくたって平気だ。
小学校で、流川がミニバスにはまり始めると、自分は庭師になると言い出した。そしてこの流川家の庭に、いっぱいバラを咲かせるんだ。
何故バラなのかと聞いたら、好きだからだと答えた。
植物は何でも好きだけど、バラが一番好きだ。赤いバラの花言葉は『愛してる』なんだぜ。
今でも覚えている。そのバラが咲く一郭で、ずっと一緒にいようなと言ってくれた。流川もそれに頷いた。破られることのない誓いだと思っていた。
中学に上がってからも、何ら変わりはなかったのに。
卒業式の翌日。流川にだけそれを告げず、家を出て行ったのだ。父も母も、元も春も知っていた。自分だけ、知らされていなかった。
流川にだけは絶対に言わないでくれと頼んでいたらしい。
どうして家を出て行くなんて言い出したのか、理由は誰も知らなかった。行き先も、誰も何も聞いていなかった。
ただひとつ気になっていることは、あれは中学のいつだったか。
身分の差って、あるんかな。と、漏らしたことがあった。
何だそれと聞き返すと、流川のことを好きだという女の子が、自分と流川くんとじゃ身分が違うよね、と言っていたらしい。
彼女曰く、流川くんの家は大きくて、会社なんて経営しているから、普通の家の私とでは釣り合いが取れない、ということらしい。
馬鹿じゃねーのかと、流川は気にも留めなかったが。
世間ってぇのは、そういう見方すんだな。
「そう言ったのか?」
「それが出て行った理由?」
「オレもよくわかんねっす」
深々とため息が洩れる。
どうでもいいが、先程から流川の説明は、はっきり言って思い出に過ぎず、外見的特徴とか、手がかりになりそうな事柄がひとつもない。
しかも、どうも、何て言うのか……。
「男みたいな気がするのは、オレの気のせいでいいんだよな……?」
「男っす」
ずがこんっと、リョータは派手にテーブルに頭突きをかました。
「るーかーわー」
「あら、それならぴったりの人間がいるじゃない。桜木花道」
「花道? ハハ……アヤちゃん、頼むよ」
「あらだって、バラの咲いているところでずっと一緒にいようなって言ったんでしょ? そして、いなくなったのが15のとき。ほら、ぴったり」
「どこにいんすか」
「え、なぁに?」
「あのどあほう、どこにいるんすか」
「……ちょっと、流川。――まさか本当なの?!」
どうやら彩子は冗談のつもりだったらしい。
「花道なのか、おまえが探してんのは。だったら何で十年も探してんのに見つけられねーんだよ。おまえ、本当に探してたのかっ?!」
「探してたっす」
「……大方、あんたのことだから、部活動も禁止で雨の降っているそんな日に、ちょっと近所を探索したって程度でしょう」
反論がないところを見ると、どうやら図星らしい。
全くこの男は、何を考えているのか。
彩子もリョータも、何故か花道に同情を禁じ得なかった。
「……花道ならな、十年前からずーっと、オレんちの花屋にいるぞ。でもな、おまえ会いに行かねぇ方がいいんじゃねーの? 一緒にいんのが嫌になったから、あいつ家出たんじゃねーのかなぁ。現に一度も帰ろうとしなかったし」
「――んなことねー」
リョータを一睨みして、流川はさっさと席を立った。どうやら花道に会いに行く気らしい。
「まったくもう。何であんなこと言うのよ、リョータ」
流川がかわいそうじゃない。そう言う彩子にリョータは、でもさ、と言葉を返した。
「だって花道は、ずっとあいつにもう一度プロポーズするために頑張ってきたっていうのに、流川のヤローはその程度にしか花道のこと気にかけてなかったって感じがするじゃん。もっと一生懸命探せよって言いたくなる。こんな近くにいるのにさ」
「気持ちは分かるけど。あの子だって、それでもやっぱり一生懸命なのよ。桜木花道しか、必要としていないんだから」
一度も誰とも付き合わないで、ずっとひとりの人を想い続けて。
探してたんだ。想っていた。いつも君に逢いたかった。
「今頃流川、きっと心臓ばくばくもんよ」
ふっと笑って、リョータは外を見た。ちょっとした腹いせが出来て嬉しいらしい。
「強気なこと言ってたけど、何の保障もないもんね、あの子の手元には」
「出歯亀したい」
「やめときなさいよ」
「……アヤちゃん」
「何よ」
急に声色の変わったリョータの横顔に、彩子は視線を移した。
緊張を隠すような声で、横を向いたままリョータは続ける。
「アヤちゃんはさ、オレにプロポーズされたら、何て返事してくれるの」
「……そうね」
一旦言葉を切ると、彩子も外に目を向けた。
気持ちいいくらい、晴れた空だ。
「よくもこんなに待たせたわねって言うわ」
こんな日は、ふらりとどこかへ出かけたくなる。でもそれは、勝手気ままな一人旅にではなくて、会いたくなるあなたと二人で。
「――今の空耳?」
振り返ったリョータの半信半疑な照れ隠しに、彩子は満面の笑みを返した。
「前言撤回してほしいの?」
流川が店に辿り着いたら、きっとそこにはバラが咲いて、花道はひどく驚きながら、あの無邪気な笑顔を隠し切れなくなるだろう。
1997/12
⇒きまぐれにはなるはな