黄昏のその際に陽は紅々と燃え上がる[2]
翌日も、二人はそろって体育館に顔を出した。楽しげに談笑しながら、時折晴子はコート上の流川に視線を移し、そのプレイに見とれた。
桜木は、そんな晴子をとても大事そうに見つめている。そして桜木を振り仰ぐたびに、その高揚している晴子に、まるで慈しむように微笑んでいた。安心させるような微笑みだ。
休憩を告げる笛が鳴る。
流川は一旦タオルを取りに行き、そのまま桜木のそばへと寄って行った。目で追っていた晴子は驚いたように桜木を見やり、近付いてくる流川に頬を染める。すぐ脇の壁に寄りかかった流川に、桜木は昨日と同じように声を掛けた。
「よう」
「……おう」
流川は桜木と目を合わせることなく、床に落として汗をぬぐった。桜木がこちらを向いているのが分かる。
「なぁ、ルカワ。バスケっておもしれぇ?」
見れば、癖なのだろうか。桜木は小首を傾げて、きょときょとと聞いてくる。
「オレさぁ、バスケなんて一度もしたことねぇんだよ。だからわかんねぇんだ。なぁ、おもしれぇ?」
一度もしたことがないという言葉に引っ掛かりを感じながら、流川は桜木を見返す。
「……何で、んなこと知りてーんだ」
「だってよぉ、おめー楽しそうだもん」
不意に、この上なく嬉しそうに、桜木は笑った。
「真剣で、こえー顔とかするときもあるけど、すげぇ楽しそうだ。おもしれぇんだろ?」
「おもしれーけど……」
そこまで言って、流川はふと思いつく。
一瞬頭の中に浮かんだそれが、これ以上ない名案に思えて、流川は体ごと桜木に向き直った。
「てめーもやってみればいい。そうすれば、本当におもしれーかどうか、分かる」
流川のその言葉に、桜木は一瞬、瞳に戸惑いともためらいとも、諦めともつかない色をのせた。
その一瞬の正体を突き止めたくて、流川は桜木を覗き込もうとする。けれどもそれを拒むかのように、桜木の顔はほころんだ。瞳を、真実を隠すように。
「そーだな。でも今は無理だ。夏休みが明けて、都合が良かったら、オレもやる」
そうか、と口の中で言葉を転がし、流川は視線を落とした。そして、自分が桜木とバスケをしたいと思っていることに気付く。
桜木は、流川のその落胆のしように困ったように顔をゆがめた。泣きたいのを我慢しているような顔だった。そしてそっと手を伸ばし、汗ばむ流川の肩をつかんだ。
「ルカワ」
どうして自分はこんなにも、桜木を求めてしまうのだろうか。出会ってまだ一ヶ月も経っていない。言葉を交わしたのは、つい昨日だ。今まで誰も求めたことはなかった。
流川は何だか泣きたくなった。自分がひどくわがままを言ったような気がした。それが桜木にこんな顔をさせている。
「……わりー……」
消え入るような声で謝罪をすると、桜木は優しく微笑んだ。流川には見ることは出来なかったが、それは先程、晴子に向けられていたものと同じものだった。
「おめーは何も悪くねぇよ。謝るのはオレの方だ。ごめん」
流川は頭を左右に振る。漆黒のそれは、かすかに汗をはじいて、まるで泣いているかのような錯覚を起こさせる。
「オレは嬉しかったぞ? おめーがバスケ勧めてくれて、すげぇ嬉しいぞ。だから、謝んなくていい」
休憩の終わりを告げる笛が、俯いたままの流川をコートへと呼ぶ。ゆっくりと桜木から離れるとき、晴子の顔が目に入った。
心配しているような、悲しそうな顔が、読み取れない微かな何かを訴えていた。流川はその中に、先程の桜木を見たような気がした。
顔を上げることもせず、コートに戻っていく流川を見て、晴子はとても哀しくなった。
辛そうだった。悲しそうだった。流川のあんな顔は初めてだった。表情を持つ流川そのものが初めてだった。
晴子は隣に立つ桜木を見上げる。優しい幼馴染みもまた、流川と同じ、傷ついた顔をしている。その顔を、じっと流川に向けている。
晴子は何となく気付いていた。桜木と出会ったことで、少しずつ変化を始めた流川のことを。今まで誰にも興味を示さなかった彼が、桜木のことを気にするようになったことを。それはとてもいい兆候だし、晴子も何度、彼に友人が出来ればいいと思ったか知れない。
そして、流川は桜木と出会った。流川は桜木を選んだ。それが桜木だったことが、晴子はとても哀しかった。
自分が二人を引き合わせた。そのことから、この悲しみは始まってしまった。
けれども、今このことに気付いても、もう手遅れだ。
桜木を求める流川を見て、晴子は何度も謝りたくなった。けれども、それも出来ない。すればきっと、桜木が悲しむ。
いつも自分に気を使って、哀しい笑顔を向ける桜木に、これ以上つらい思いはさせたくなかった。
悲しかった、非力な自分が。何も出来ないこの自分が。
「ごめんなさい……」
小さくそう呟いた晴子に、桜木ははっとする。
優しくて、温かくて、いつも自分に元気を与えてくれる晴子は、ただじっと前を向いていた。
「ハルコさん……」
桜木は知っている。何に対しての、誰に対しての謝罪なのか。
そんな晴子を労るように、そして何かを決心したように、桜木はいつもの慈しむような笑顔ではなく、とても健康的な笑顔で彼女を覗き込んだ。
「謝らないで下さい」
謝らなければいけないのは、むしろ自分の方なのだと桜木は思う。晴子は罪を犯してはいない。犯したのは自分。流川を拒絶できなかった自分だ。
桜木は流川を見る。コートの中の無心の流川は、人を惹きつけてやまない美しさで、一心にゴールを目指している。桜木はじっと、その姿を凝視する。
「ルカワとオレを引き合わせてくれたのは、ハルコさんです。オレは、ルカワに会えてよかった。だから、謝らないで下さい」
「桜木くん……」
見上げてきた晴子に、桜木は力強く笑って見せる。大丈夫だと言いたげに。自分は今、幸せだと言いたげに。晴子は哀しそうに笑った。
梅雨も明けた。夏がすぐ目の前まで迫っている。すぐそこだ。
「オレは、ルカワが好きです」
残酷であるはずの言葉が、晴子の胸にひどく優しく沁みていった。
そうして時間は過ぎていく。
季節はやがて本格的に夏を迎え、うだるような暑さの中、流川は手に入れた全国への切符を握り締め、練習に没頭していた。
相変わらずの笑顔を携えてやってきていた桜木は、夏休みに入ってからは姿を見せないようになり、流川はそれが気がかりだった。
毎日のように会っていた。毎日、取り留めのないようなことを短い休憩時間に語り合い、桜木の笑顔を見ていた。本当は聞きたいことが山ほどあったが、そのどれも口に出来ずにいた。笑っている桜木が、それを拒んでいるように見えたから。
何か隠していることを知っていた。知っていたけれども、桜木は言外に大丈夫だと告げる。心配するなと言っている。だから聞けない。それが、聞くなと言われるより辛かった。
桜木がいない日が続いた。
桜木に会わないまま、いつしか全国での死闘も終わり、残り少ない夏休みを過ごしている。その日々を、流川はまるで桜木と初めて会ったあとの一時間を、際限なく繰り返しているような気持ちで送っていた。
幻だったのかもしれない。桜木花道なんて、本当はこの世にいないのかもしれない。
総べて自らが作り出した幻想だったのではないか。どこかでギリギリの自分を感じていて、無意識に架空の人物を作り出し、それに救いを求めていたのではないか。
けれども自分はあの時、追い詰められていたか? 悲鳴を上げていたか?
いいや、そんなことはなかった。総べては、桜木に出会ってからだ。
桜木に会いたかった。会いたくて会いたくて、叫びだしたくなった。そんな夏休みも終わりの頃だった。晴子が一人で体育館に現れたのは。
「流川くん」
午前中だった練習も終わり、コートにモップを掛けていると、声がしたので振り返った。
「……赤木」
「終わるまで待っていてもいい?」
桜木が隣にいないというだけで、こうも印象が違うのかと流川は思う。まるで日向を失った植物のように元気がなかった。少しやつれた感じは気のせいだろうか。
流川は無言で頷く。晴子はほっとしたように淡く笑った。
晴子は知っていた。もしかしたら、晴子しか知らないのかもしれない。彼らが互いに、恋をしていることを。
流川が桜木に見出した安らぎ、桜木が流川に見出した未来。心のどこかで求めていたものを内に秘めている相手。
それは恋の類ではないのかもしれない。それを恋だと思うのは、女であるが故なのかもしれないが、互いに唯一無二の存在であることは間違いようがなかった。そしてそれは、晴子にも言えることだった。
照り付ける太陽。どこかでセミが鳴いている。時折目にする向日葵は、大切な幼馴染みを思い出させる。
静かな午後だった。
着替えを済ませた流川がやってくる。普段から明るいとは言えないが、こんなに暗い感じも受けなかったはずだ。桜木のことを気にしているのだろうか。一ヶ月も会っていないのだから、無理もないかもしれないが。
目の前で足を止めた流川に、晴子は覚悟を決めて用件を切り出す。自分のはっきりとした口調に、晴子は少し救われた。
「桜木くんがね、流川くんに会いたいって」
伏せ目がちに、見るとはなしに晴子を見ていた流川は、目を大きく見開いた。思わず、その細くて小さい肩を力いっぱい掴んでしまう。
会いたい? 会いたいのは自分だってそうだ。けれどもどうすれば会えるのか、どこに行けば会えるのか、流川にはわからない。
桜木が会いに来てくれない限り、自分は桜木に会えないのだ。
「いたっ」
晴子の声で、流川は我に返る。しかめる顔を見て、あわてて自分の手を離した。
「……わりー」
「ううん。……会って、言いたいことがあるんだって」
「……どこにいんだ」
無理やり笑って見せる晴子に、流川は問う。多分知っている答えを、不安が導き出した答えを、間違いだと言ってほしくて。
けれども、晴子はその答えは合っていると言った。
「……病院。夏休みに入ってから、桜木くん、また入院したの」
うるさいはずのセミの声が、やけに遠くに聞こえる、静かな午後。
病院へ向かう間、二人はずっと無言だった。
海へと続く電車は昼過ぎという時間も関係してか、かなりの乗客数で、流川と晴子は扉のすぐ脇で向かい合うように立っていたが、どちらもただ外の景色を眺めていた。
終着駅を出て、海沿いの道を歩く。短い影が後をつく。
時折吹く風が、流川の長めの前髪と、切りそろえられた晴子のセミロングの髪をなでていく。
海のざわめきを遠くに聞きながら歩くこと数分。ちょっとした高台の上に、その病院はあった。かなり大きな、この辺りでは一番設備の整っている病院だ。
エレベーターで三階まで上がり、晴子は一つの病室の前で足を止めた。プレートは一つ。桜木花道。
ノックをすると、程なく中から返事が返ってくる。晴子は一度流川を振り返り、そのドアを開けた。
個室だった。全面白の部屋の中央に鮮やかな赤が映えている。彼はこちらを見て、にっと笑った。
「よう」
「……おう」
「わりぃな、こんなとこまで」
「……別に」
入口に立ち尽くしたまま、流川は桜木を見ていた。これといっていつもと変わった様子はなく、病気をしているとも怪我をしているとも知れない。至って健康に見えるのに、何故か白いシーツが馴染んでいた。
「それじゃ、私、用事があるから帰るね」
流川の様子を窺っていた晴子は、そう言って桜木に手を振った。すまなそうな顔をして、桜木はその姿を見送った。
二人きりになった病室に、しばらくの間沈黙が訪れる。空気の入れ替えのために開けてある窓からは、薄いカーテンを揺らめかせる風が入ってくる。
そちらの方に目を向けていた桜木が、ふと微笑をこぼした。ずっとドアの横で佇みながら凝視している流川に、小首を傾げて呆れ顔を向ける。
「そんなとこに突っ立ってねぇで、こっちこいよ」
いつもの桜木だ。いつもと何ら変わった様子などない。なのにこの場所。個室の病室。
何故と思うか? けれども流川は思わなかった。それは、桜木がいつもと同じだったから。あの、どこか消え入りそうな雰囲気を身にまとっていたから。ずっと気付かない振りをして、でもはっきりと分かっていたこと。
桜木は何か隠している。
「椅子、そこにあるから。……ルカワ」
微動だにしないでいると、もう一度桜木はそう言った。泣いているような気がして、流川は桜木が身を起こしているベッドサイドまで歩み寄る。
ほっとする桜木を、椅子に腰掛けながら見つめた。
「……元気そうじゃねーか」
そう言う流川に、桜木は曖昧に笑った。
「まぁな。元気だ」
その顔がまた泣きそうに、辛そうにゆがむ。
流川が黙って見つめていると、桜木はぎこちなく目を逸らし、伏せた。ためらいがちに唇をかんだ後、不意に顔を上げ、流川に笑顔を向ける。けれどもそれは哀しそうに見えた。
「オレ、持って後一年っつわれてんだ」
流川の目が大きく見開かれる。ひざの上で組んでいた両手を、きつく握り締めた。
叫びそうになるのも震えそうになるのも、必死で堪える。暑くもないのに、冷え切ったような気さえしているのに、じっとりと汗がにじんでくる。
のどが音を立てずに上下に動いた。目は桜木を見つめたまま。桜木も、流川を見つめたままだ。
「ちぃせー時から入退院を繰り返してて、進級や進学なんかもやっとって感じだった。手術の話もあったけど、金額が半端じゃなかったし、その場しのぎの治療だけで今までやり過ごしてきたんだ。
でも、今年の四月。このままだったら本当に死ぬしかないって言われた。最後のチャンスだ、手術しないかって。両親が死んだのは、その直後だった。
事故だった。信号無視した車と接触したんだ。すげぇぐしゃぐしゃ。元の形なんか、全然わかんねぇくれぇ。
ショックだったよ。もうどーでもよくなった。死のうが生きようが関係なかった。別に夢もなかったし。
親の保険金で手術代の心配はいらなくなったけど、そんなの今更だった。このまま、死ぬなら死ぬで、それでよかったんだ。ハルコさんは、そんなの駄目だって言ってくれたけど、その時オレは生きていてもしょーがねぇって思ってたから。
でもさ、おかしなもので、どうせ死ぬなら高校に行ってみてぇって思ったんだ。せっかく受かったのに一回も顔出さずじまいじゃ、何かもったいねぇだろ。だから行った、軽い気持ちで。そしたら……おめーと逢っちまった。
おめーのことは、中学ん時からハルコさんに聞かされてた。バスケがすげぇ上手くて、めちゃくちゃかっこいいヤツだって。試合があるたんびにてめーの勇姿を聞かされた。
なのに会ってみると、すげぇ愛想のねぇヤツで、いかにも寝起きですって感じでよ、想像してたのと全く違うでやんの。おまけにガン付けてくっし。
でもオレあの時、てめーのこと無視できなかった。
学校じゃ誰とも関わり持たないで、友達っつーもんを作らないようにしようって思ってた。なのに、てめーだけは無視できなかった。
理由なんてわかんねぇ。気がついたら、てめーに笑いかけてた。よろしくなんつってた。
あの次の休み時間、てめー、オレのクラス覗いてただろ。
オレあの時、何かしんねぇけど、すげぇ嬉しかった。おめーの顔見れて、すげぇ嬉しかったんだ。
放課後、ハルコさんに連れられてバスケ部の練習見に行ったときなんか、おめー見てドキドキした。
かっこいいとか、そういうのとはちょっと違う。何か目が離せなくて、どうしていいのかわかんなかった。
そのうち、だんだん声が聞きたくなって、そんでその次はてめーのこと知りたくなった。もっともっと知りたくなった。
でもオレは、てめーに自分のことを教えられねぇ。そんなんはフェアじゃねぇ。だからオレは、てめーのこと聞きたくても聞けなかった。オレのことも話せなかった。オレは死ぬ人間だ。価値のあるものなんて、何もねぇと思ってた。
でもよ、あの時。おめー一度だけ、オレに言ったよな。一緒にバスケしてぇって。
オレあの時、すげぇ泣きたくなった。死にたくねぇって、生きて、流川と一緒にバスケしてみてぇって、そう思った。
――今度、手術するんだ。詳しいことはまだ決まってねぇけど、ずっとほったらかしにしていたから、はっきり言って成功する確率はゼロに近いって言われた。あの医者の言うことだし、ただの威しかもしんねぇけどよ。でも、そんくらいの覚悟が必要だってことだろ?
だから、もしもの時のために、てめーに言っておこうと思ってよ。
オレのこと……オレのこと、覚えててほしいんだ。オレが生きてたってこと、オレがこの世にいたってこと、てめーに覚えていてほしい。
すげぇわがまま言ってんのはわかってる。身勝手だって承知してる。迷惑だろうとも思う。でもオレ、てめーにだけは忘れられたくねぇんだ」
流川はたまらずに桜木を抱きしめた。柔らかい桜木の赤い髪に顔を埋めて、つたない言葉を紡ぎだす。
「オレが、てめーのこと、忘れるわけねーだろ、どあほう」
「ルカワ」
くぐもった声が耳に届く。流川の背中に回された腕が、涙を堪えているのか微かに震えていた。
「それに、てめーはまだ死ねねー。オレとろくに話もしてねーのに、死ねるわけがねー。言わなきゃいけねーことも、まだ言ってねー」
「……おう」
「手術が成功したら、言うつもりなんか」
「……おう」
「だったらそんでもいい。てめーはなおさら死ねねー」
「……そだな」
くすりと、桜木が笑ったのがわかる。流川はその髪に口付けて、無意識のうちにささやいた。
「好きだ」
瞬間、桜木は勢いよく流川から身を起こす。ずりーっ! と叫びながら。
「ずりーぞルカワっ。てめーだけ言うなんてっ!」
真っ赤になって叫ぶ桜木がいとおしくて、流川は微笑んだ。
「てめーは手術が成功したら言うんだろ。オレに聞いてもらいてーんなら、絶対に死ぬな」
「ルカワ」
「一緒にバスケできなくてもいい。一緒に生きよ」
桜木の頬にキスを一つ落とす。穏やかに目を閉じながら、桜木はそれを受けた。
「……おう」
死ねない、死にたくない、生きたい。
流川に逢って、桜木は初めて、心の底から強く、生きたいと願った。そしてそれは、流川にとっても同じこと。
これまで、ただ何となく生きてきたけれども、今は違う。
今はこの、何者にも変えがたい、ただ一人の人と、力いっぱい生きたいと願う。桜木と、同じ時を過ごしたいと望む。
死なせない、離れない。手術は必ず、成功する。
「ルカワ、夕日見ていけよ。ここから見える夕焼け、すげぇきれーなんだぜ」
窓際に移動して、二人で夕焼けを見た。海側に面しているその景色は、ただならぬ迫力だった。
陽の光を反射してオレンジに輝く水面。それに接する空は夜の藍色を引き連れていて、山に向かってグラデーションを織り成す。
藍色から水色、白、そして橙。最後にたどり着く燃えるような赤の代わりに、流川は桜木に目を移す。
「な、すげぇだろ」
「そうだな」
太陽にも似たその髪に手を滑らせて、流川はこれからの、自分たちの未来を確信した。
1997/02
⇒きまぐれにはなるはな