あの熱くて静かな夏の日から[9]
翌日。
弁当を平らげ、うとうとしかけた昼休み、流川は校内放送で呼び出された。けたたましく耳障りなその雑音が、耳に入ったのは奇跡かもしれない。
寝入りを邪魔されたことに舌を打ちつつ、気だるい足取りで職員室へ向かう。
電話が入っていると言っていたが、一体何事なのだろう。長い学生生活で、こんなことは初めてだ。相手は母親だと思い込み、どんな緊急事態なのかと睡魔にだいぶ侵された頭で、のんきにぼんやりそんなことを思う。
あくびをかみ殺しながら、頭を垂れた職員室で手近な受話器を渡されて、半ば寝ぼけながら「もしもし」と声をかけると、
「おう、オレだ」
瞼の錘が吹っ飛んだ。
「桜木?」
「そう、オレ」
張るような声から和らかい声に変わって、それは流川の耳に届く。驚きで眼が見開いたのは、突然の連絡のためか、すぐに分かったこの記憶にか。
しかし、声帯を震わす音にまで表情があるとは、今まで気付かなかった。この鼓膜が機微を感じ取ろうとは思わなかった。
「何か用か」
言葉はいつもの一本調子で、眉間に知らず縦皺が寄る。神様は理不尽だ。この喉を通る音は、決して心を反映しているわけではないらしい。
流川はもどかしさに気落ちする。
「あー……いやー、ちっと頼みごとがあって……」
ほんの少し間を置いて、ためらいがちに窺うように、いつもの桜木らしくない。
照れているのか元気がないのか、それとも流川の素っ気なさに引けを感じてしまったか。顔が見えない不便を知る。
「上着か?」
つとめて明るくしようとしたが、結局努力は報われず、にわかにいつもを逆転できれば、誰も苦労はしないところか。
けれども桜木はその反応が嬉しいらしく、幾分元気を取り戻した。
「あー、そう。え、何で?」
「水戸から聞いた」
「あっ、そう」
調子が狂う。狂わしているのは自分なのか。短く返る感嘆詞に、どう先を続ければいいのか分からない。こちらの声を待っているのか、受話器の向こうも黙したままだ。
きっと一瞬だったろうに、とても長い時間に感じた。耳の奥で血が騒めく。まるで唇が渇いたように、知らずそれを湿らせた。
「……分かったから」
「お、おう。頼むぜ」
言葉少なに電話を切ったら、思わず大きなため息が出た。息の出来ない水の中に、ずっと潜っていたかのように。
心落ち着く間も持たず、不意に背中をたたかれて、流川ははびくりと振り返る。彩子がそこに立っていた。
「――センパイ……」
「何よ。ご挨拶ね」
白い歯列を覗かせる。一体いつからそこにいたのか、彩子は眉を引き上げたまま、一度電話に目をやった。
「何だって? 桜木花道」
流川はひとつ瞬きをした。
「桜木花道からなんでしょ? 飯田先生がそう言ってたわよ、電話に出たとき」
言葉にならない返事をしながら、流川は彩子の後につく。廊下へ出ると、吹き飛んでいた眠気が、まだここにいると自己主張をしはじめる。
「安西先生に用事かと思っていたら、いきなりあんたを呼び出すでしょ? 何事かと思ったわよ。――元気そうだった?」
尋ねられてもよく分からず、口をこじ開けようとする欠伸を堪えながら、流川は曖昧に頷く。
「そう、よかった。じゃ、退院も近いのかしら」
向けられる視線に小首を傾げて答えると、少し残念そうに彩子は笑った。
昼間はこんなに暖かいのに、どうして朝晩は冷えるのだろう。あの病院は特別なのか。まわりを囲んでいる木々が、夜に冷気を吐くのかもしれない。
「でも、意外だったわー。あんたたちの間に友情が芽生えてたなんて」
窓の外の青い空に意識をやる暇もなく、流川はついと、視線を戻す。
「――は?」
「あの桜木花道が、あんただけに特別の用なんて。それもあれでしょ? ごく穏やかに。以前じゃ考えられなかったわよ。一体いつの間にそんな仲良くなったのよ」
事もなげに、何の不自然もなく彩子は言った。けれどもそれは流川に違和感を与えた。不愉快に顔を歪める。
「何よ、それ。照れてるの?」
別れ間際、からかいを含んだその声に、けれども否とはっきり言える。さらに影を深くすることで敢えて口にはしなかったが、彩子には伝わらなかった。
「楽しみね、あの子が帰ってくるの。いずれコンビプレーが見られるのかしら」
去っていく彩子の背中を見つめながら、流川は不快の理由を探す。この感覚は知っている。昨日、水戸と話したときにも感じた。あの違和感とおんなじだ。
――そう。違うのだ。
流川が抱いているのは、友情とか仲間意識とか言うものではない。全く別のものだ。でなければ、欲情なんて起こらない。――欲情?
流川のためらいが大きくなる。――桜木は。
桜木は、流川のことを好きだと言った。なら。
……でも、同じように抱いているというのだろうか、この情欲を。
あらゆる感情が、頭を、体を駆け巡る。収拾をつけようにも、手の付け所が分からない。すべてがある一人に関する物事になって、自分すら見失ってしまいそうだ。
こんな感覚は知らない。どうしようもないくらいに初めてだ。我を忘れるほどバスケに没頭する自失とは違う。今はただ、苦しい。
ぶつかるか、逃げ出すか、二つに一つしか道がないように感じられる。
逃げるのは嫌だ。負けるようで嫌だ。でも、ぶつかるのは怖かった。信じられないくらいに怖かった。何が恐怖を呼んでいるのかよく分からないけれど。
――いや、もしかしたら。ぶつかるのが、というより「先に進むこと」を恐れているのかもしれない。このまま「好きであり続けること」を恐れているのかもしれない。
「流川」
ため息さえも忘れてしまう放課後に、部室へ向かう途中、水戸に声をかけられた。ハッと振り返ったその先に、社交辞令の笑顔を見る。
「昼間の呼び出し、花道だろ? アパートまで案内するから、今日は自主練なしな」
ためらいが生むいつもより短い反応時間に、流川の開きかけた口を開かせまいとしているのか、水戸はたたみかけるように言った。
「急げば何とか間に合うからよ。今日中に頼むな」
水戸が上着を持ってこようかと言ったのは、三日前のことだ。
「朝晩冷え込むようになったからな」
確かに身震いするほどではないが、朝ふとんから出るとしんしんと肌寒さを感じるようになってきた。くしゃみの二三発は必ず出る。背中に良くないのは明白で、今すぐにでも首を縦に振りたかったのだが、桜木には出来なかった。
言うまでもなく、鍵が手元にないためだ。どう説明しようかと、しばらく思案に暮れたほどだ。
鍵がない、では通じないのは分かっていた。案の定、水戸は理由を聞いてきた。バツ悪く逸らしていた視線を、桜木は一度上げた。
ずっと、どうしようか悩んでいた。今の自分のこの気持ちを、正直に話した方がいいのかどうか。普通に考えれば、ひた隠しにすべき類のものだとは承知している。それに何より、流川がどう思っているのかちゃんと聞いていない。
でも、桜木の気持ちはもう決まっていた。はっきりと、決めていた。流川のことは諦めないと。たとえこの先一生かかっても、バスケという一点でしか繋がりがなかろうとも。流川が、他の誰かを選ぶまでは。
だとすれば、当然水戸も訝る時がくるはずだ。いずれ必ず、水戸には話さなければならなくなるだろう。なら、今話してもいいのではないか。早いか遅いかの違いしかないのではないか。
緊張から渇く喉を、唾をむりやり飲み込んで潤す。まさに一世一代の賭けだった。
「洋平。鍵は、ルカワが持ってんだ」
一瞬、水戸はどう反応していいか分からなかったみたいだ。不意に訪れた空白の時を、祈る思いで桜木は見つめた。
「……流川が?」
それはまたどうして、と、ごく純粋に問うてくる。
「洋平」
本当に話すべきなのか。黙っていてもそれまでじゃないのか。わざわざ伝えなくてもいいのではないか?
「オレ、ルカワのことが好きなんだ」
水戸の驚く顔というのは、そう簡単に見られるものじゃない。見開いた目に非難の影がないか心細かった。
瞬きを繰り返す水戸の視線が、考え事をするように徐々に逸らされる。
ため息をついて「そっか」と独りごちた後、仕切りなおすように顔を上げた。
「流川には、もう言ったのか?」
「――言った。でも、返事は全然」
少し眉を上げて、水戸は薄く笑った。
「それじゃ、夏休み、流川はお前の見舞いに来ていたんだな」
「あ、おう」
指摘されて気恥ずかしくなった。目を泳がせたその端で、水戸が微笑んでいるのが見えた。
「鍵がねーんじゃ、しょうがねぇな。流川にでも電話しろ? でなきゃ、そのうち風邪ひいちまうぜ」
しかし、そう簡単に電話できるものでもなかった。結局、決断に時間を要した挙句、家ではなく学校に電話をかけた。
正直な所、流川が自分の好意をどう思っているのか、全く分からなかった。普通だったら避けられるはずだ。逆に寄ってきたことを考えると楽観したくなるのだが、確信が少しも持てなかった。
本当は、ちょっとは期待していたのだ。学校が始まっても、会いに来てくれるんじゃないか。連絡のひとつでもあるんじゃないかと。でもそんなことは全然なかった。
いい加減、流川の気持ちをはっきり知りたくて電話したようなものだ。今なら退院後の接し方にも対応できる。――そう。たとえ、そんなつもりはないと言われても。
電話をかけたはいいが、よくよく考えてみると流川は桜木の住まいを知らないはずだった。もう一度連絡しようかと思ったときには、すでに休み時間を過ぎており、これは放課後まで待つしかないかと腕を組む。
「あ、洋平に聞くかな」
上着のことは水戸から聞いたと言っていた、ちょっと意外だったけれど。
……水戸は、桜木の告白をどう思っただろう。どんな思いで、何の意図があって、流川と対面したのだろう。
「電話かかってくるよな、わかんなかったら」
頭を掻き掻き独りごちる。いろんな思いが頭を錯綜して、考えが上手くまとまらない。そんな中、ふとよぎる不安。
「――来るよな、ルカワ。まさか洋平に頼んだりしねぇよな」
が、その思惑はしっかり、流川の中にもあったのである。
部活終了間際、まるで見張りをするように水戸が姿を現した。扉の向こうで壁に寄りかかりながら、見るとはなしに待っている様子だ。
程なく終わりのあいさつをして、流川は意を決するようなため息をつきながら、モップ掛けよろしくその傍へ寄った。向こうから声をかけてくるかと思ったが、作戦なのかそれはなかった。視線は合わせずに動きをおっている、そんな感じだ。
気持ちを読まれていると薄々分かりながら、流川は結局あと片付けを終え、着替えのために部室へ戻った。
会いたいのに、反面行きたくないと拒否している。
桜木が言った「好き」は、友情とかそんな類なのではないだろうかと、心のどこかで危惧しているからだ。
楽しそうなのはいい。嬉しそうなのも嬉しい。でも、流川みたいに苦しそうじゃない、ちっとも。
話を聞いたりしているときは何とも思わないのだが、ふとした弾みで距離を感じる。そうなるともう、やり切れなくなるばかりだ。
どこに隠していたのかスクーターに跨って、水戸は自転車置き場で待っていた。
「行くか?」
すっかり普段着の水戸は、ごく自然にそう言った。当たり前だ、一方的とはいえ約束をしていたのだから。でも、流川は無言のまま、ポケットから鍵を取り出す。
「あんたが持っていってくれ」
もし、流川の声に感情が表れるとしたら、今は色濃くためらいを含んでいるはずだ。心落ち着く暖色の中、そこは段々、闇に変わっていく。水戸はただ、流川をじっと見た。
ハンドルを握り締めたまま、鍵を受け取る様子もない。エンジン音が汗を呼ぶ。
「……何で?」
見様によっては冷ややかに、水戸は流川を見据えている。逸らしたくなるのは、隠したい気持ちがあるからだ。でも、そうすることで見透かされそうで、流川は深く息をする。
「持っていくくらい、あんたでもいいはずだ」
「そりゃあ、頼まれればいくらでも変わってやるけどさ」
気安く一度目を伏せて、しかし、次の瞬間、水戸は打って変わった鋭さで、上目遣いに流川を見た。
「花道はおまえに電話したんだろ?」
喧嘩を吹っかけられた気分だ。不意に逆撫でするように責め立てられて、流川も睨み返しながら唇を噛む。
「約束したんなら、守ってやってくんねーか。あいつ、待ってるはずだから、おまえが来るの」
そう言って、流川の上においた目を、クイッと自転車の方へ向ける。指された自分の足を見ながら、それでも流川は動かずにいると、水戸はその声で背中を押した。
「早くしないと遅くなるぜ」
「……おかしいって思わねーの。何でオレなのかって」
「友達だからだろ?」
睨む流川に水戸は肩を竦める。
「あいつがおまえに来てほしいってのを、オレが邪魔する理由もないだろ? あいつを傷つけるってんなら話は別だけど」
何故かは分からないが、今の水戸は無理矢理にでも、流川を病院へ連れていきそうだ。
行くしか道はないらしいと、ため息ひとつで腹を決める。
重くなる足を持ち上げて、流川はサドルに跨った。
流川が現れたのは、夕食が済んで一息ついた頃だった。散歩がてらにふらふらしていた廊下で、その姿を見つけた。
見慣れた懐かしい格好で、風を切ってきたのか前髪が躍っている。こちらに気づかないで病室をまっすぐに目指している様子に、桜木は顔が綻ぶのを止められなかった。
「ルカワ」
振り返ってほしくて呼びかける。おかしなほどに迷いもなく、流川は桜木を顧みた。その顔が、いつもの無表情ではないことを見て取った桜木は、けれどもそれに気づかない振りをする。
「上着、持ってきてくれたのか」
「……おう」
「悪ぃな」
ひとまず病室へ行き、上着を受け取った桜木は、何か言いたそうな流川を渡り廊下へと誘った。
昼間とは打って変わって人気のごく少ないそこは、響く声まで吸い込まれそうな薄暗さで、少し恐怖を呼び起こす。
窓の外の外灯が、淡く二人の影を作った。
「どうした?」
振り返って見た流川は、ためらいながらも真っ直ぐに桜木を見ていた。何かの決意を物語るその目に、桜木は腹が据わる。
それは流川も同じらしく、問い掛けに一瞬間を置くと、突っ込んでいたポケットから桜木が渡した兎を取り出した。
「返す」
スローモーションのような、コマ送りのような。
一旦それに目を落として、桜木は流川を見る。口輪筋が引きつりそうだ。
「……何で?」
流川は目を逸らさない。
「持ってんのが、辛くなった」
一瞬、ちくりと胸が痛む。そんなことは少しも感じさせまいとするのは、相手を思ってのことか、それとも、プライドのせいなのだろうか。
薄ぼんやりと、闇とライトが流川を縁取る。
「そっか……悪かったな、付き合わせて」
「てめーは悪くねー」
めずらしく間髪入れずに、けれどもやはり淡々と流川は言う。微妙に響くその声に、視線を逸らして桜木は微笑った。
「好きだっつって、持っててほしいっつって、押し付けたのはオレだぜ?」
「悪ぃのはオレだ。オレは、てめーみてーに、好きにはなれねー」
桜木は笑いながら目をつぶる。眉間に深いしわを刻みながら。
今までで一番、耳を塞ぎたくなる返事だった。
掠れないように、震えないように、細心の注意を払いながら、桜木は声を絞り出す。
「わーってるよ」
笑みを模ったまま、筋肉は凍り付いていた。それが悲鳴を上げる。
「オレの好きと、てめーの好きは、違う」
「わかったから」
これ以上は聞きたくない。どうしていつものように、一言だけで終わらせてくれないのだろう。
「オレは、てめーみてーに、穏やかにはいられねー」
思わず向けた背中越しに、流川の声は続いた。
ただのチームメイトに戻ることすら、もう無理なのだろうか。ずっと感じる視線の意味がわからない。流川は、どうしたいのだろう。
「てめーといると、どうしたらいいのか、わかんなくなる」
桜木は堪らずに叫んだ。
「だから、もういいって」
困らせるつもりなどなかったのだ。流川を追い込むつもりなどなかった。ただ、受け止めてほしかっただけなのだ、この気持ちを。
――今わかった。確かに期待していた。この想いが通じることを。両想いなんじゃないかと、心のどこかで思っていた。
歪む顔を堪えながら、桜木は振り返る。
「ごめんな、ルカワ」
「……てめーが謝ることじゃねー」
流川はちゃんと桜木の想いを聞いてくれた。それだけで十分だ。たったそれだけでも、すごいことだ。
なのに、こんな辛そうな顔をさせるなんて。
桜木は笑った。
「なぁ。虫のいい話だとは思うけどよ、何つーか……これまで通りでいてくんねぇかな? 友達っつーか、仲間っつーか」
「違う」
突然の強い口調に、桜木は思わず真顔になる。怒っているのか、流川の視線は真っ直ぐだ。
「てめーは仲間なんかじゃねー」
横っ面を張られた気分だった。が、ここで自分が傷ついた顔をしてはいけないと、桜木は思った。これ以上、流川に気を使わせるわけにはいかない。なのに、口から出るのは力ない乾いた笑い。
「あー、まぁ、そうかもしんねぇけど……」
「てめーといると変になる」
流川の言葉一つ一つに、桜木は反応した。
これは、流川を苦しめた報いかもしれない。桜木が告げたのはたったの一言だったけれど、今の桜木以上にきっと、流川は真摯だったのだ。都合のいい解釈かもしれないけれど、今度は桜木が流川の言葉を受け止める番だと、そう心を決める。
「……てめーといると、どうしようもなくなる……てめーに触りたくなったり、こっち向かせたくなったり……声が聞きたくなったり、顔が見たくなったり」
流川はずっと、桜木を見ている。途切れ途切れのその内容は、いくら何でも都合がよすぎる。眉間にしわが寄りそうだ。
言葉の意味が理解できない桜木は、ただその視線を平行にする。
「ずっと、何してんだろうとか……笑ってくれたらいいのにとか……オレについて来いとか……ついてきてほしいとか」
「……ルカワ……?」
「仙道がてめーに構うのが許せなかったり、水戸たちと一緒にいるところは、すげー嫌だし、誰かと笑ってると腹立つし……オレは……てめーがいると、おかしくなる」
「……それって……」
「てめーのこと考えると、変になってしかたねー」
「ルカワ」
「てめーのことばっか、頭から離れねーんだ」
暗がりに響く流川の声。桜木に沁みていくその微妙な声。一体どこで間違えたのか、逃げる流川の視線を追う。
「ルカワ。一緒だぞ?」
「何がだ」
「オレの好きと、てめーの好きは、一緒だぞ」
「どこが」
「全部だよ」
流川の瞳の揺れが止まる。まだこちらには向かないけれど――つかまえた。
「オレなんか、もっとすげぇこと考えてっかもしんねぇぞ。ルカワの全部を知りたくて、そのうちおめーを困らせるかもしんねぇ。片想いだったら隠すしかねぇけど、大丈夫だぞ、ルカワ。オレも、てめーのこと好きだから」
「……辛くなったりすんのか?」
「たまにな」
「苦しくなったり」
「そうだな」
「何でだ。何で好きなのに、こんな気持ちになんだ」
「……好きだから、だな」
桜木は微笑む。
嬉しくて大口を開けたいのに、流川の顔が泣きそうに見えるのは、陰影が織り成す錯覚か。
――流川は桜木を抱きしめた。
続く
⇒きまぐれにはなるはな