きみへの手紙

 今日、海へ行った。どあほうに会った。
 相変わらず、うるさかった。





 散歩の途中、海によったら、ルカワがランニングをしていた。全日本ジュニアだかのユニホームを見せびらかして行った。嫌味な野郎だ。せっかくのハルコさんからの手紙が、くしゃくしゃになってしまった。





 今日もどあほうに会った。





 毎日ルカワに会う。どうやらランニングコースらしい。部活はどうしているのだろう。





 どあほうと話をした。
 久し振りに、声を聞いた。





 ルカワに部活のことを聞いてみた。ちゃんとやってるとしか言わなかったけれど、ハルコさんの手紙に書いてあった。
 部活が始まる前に、ここまでランニングしているらしい。スタミナをつけるためなんかな。すぐバテるからな、あいつ。















 検査の結果が出た。プログラムがちょっと変わるらしい。部活に復帰できるようになるまで、やっぱり半年はかかると言われた。















 海にどあほうの姿なし。










 今日もなし。










 三日目。
 マネージャー宛に手紙がきていた。
 近況報告なし。みんな部活に励めという内容だった。










 ルカワにどうしても言いたいことがある。
 でも、きっと口では言えないから、手紙を書くことにした。



 どあほうから、何か紙を手渡された。




















「何、これ」
「手紙」
 花道は笑った。いささか戸惑いながら、流川は手の中の紙切れを見つめる。どうやら、小さく折りたたまれた便箋のようだ。
 広げようとしたとき、花道は言った。
「アメリカ、行くんか」
 流川は手を止める。
「……行く」
 それはもう、随分とむかしからの夢だ。
 バスケの本場、アメリカで、自分の実力を試してみたい。
「いつ行くんだ?」
 花道は、とても穏やかな顔をしていた。いつもとは少し、様子が違う。
「決めてねー。でも、まだ先のことだ」
「そうなのか? すぐにでも行くのかと思ってた」
 行けるわけがない。自分はまだ、納得できない。
 知ってしまったから。花道を。
 花道のバスケを。
 自分のすぐ後ろにいる、ともすれば肩を並べる距離にいる。その花道をここにおいて、さっさとアメリカへ発つのは、何だか逃げるようで嫌だった。
 技術はまだまだだ。流川に及ぶものではない。けれども、精神面ではどうだった。あの山王戦。あの試合中に何度、花道に目を覚まされたことか。
 まだだ。まだ行けない。
 日本一の高校生になった自覚もなければ、花道のバスケを見極めてもいない。一体どれほどのものなのか、それを知るまでは、アメリカには行けない。
 花道は、手を差し出した。
「何」
「いや、行かねぇんなら、返してもらおうと思って、それ」
 バツ悪そうに笑う。
 流川は一度、花道と手紙を見比べると、後ろ手に隠した。
「あーっ、返せよ」
「嫌」
 くるりと後ろを向いてしまう。
 花道は焦った。今それを読まれるわけにはいかないのだ。だって、その手紙は――
 紙を広げた流川は、そこに書かれている文字を見た。
「――何だ、これは」
 やっとの思いで、花道はそれを奪い取る。
 流川は眉間にしわを寄せていた。
「何。その『ありがとう』ての」
 花道らしくなくて、流川は不快だった。礼を言われる覚えはない。あったとしても、花道が自分に言うはずがない。
 花道はため息をついた。渡すんじゃなかったと後悔しながら。
「もう、てめーとはバスケできないと思ったからさ」
 流川は目を見開いた。今一瞬、耳が言葉を拒絶した。
 花道は、砂地に腰を下ろす。
「すぐ、アメリカ行くと思っていたから、最後くらい、礼言わなきゃと思ってな。言葉にすんのは出来そうになかったから、手紙にしたんだけど、そっか、行かねぇのか」
 流川は立ち尽くしいてた。じっと花道を見つめる。花道は、ただ海を見ていた。
「だからって、何で最後なんだ」
 これで終わりなわけはないだろう。言ったではないか、花道は。『オレもアメリカだ』と。あれは、花道もアメリカに行くということではないのか?
 流川は、悔しいのか悲しいのかわからなくなっていた。何故そんな気持ちになるのかすら、分からなかった。
 花道は声から、流川が怒っていることを察する。嬉しさと悲しさがないまぜになって、花道は笑った。
「完治するまで、半年はかかるんだと。それまで、バスケは出来ない」
 半年。
 流川は心の中で反芻する。
 そんなにかかるのか。
「退院は、もう少ししたらできるんだけどな」
 花道は、笑い続けた。そうでなければ、自分が辛かった。
 覚悟は、したではないか。そう言い続けながら。
「待てねぇだろ、みんな。何も知らねぇで待ってたら、進級しちまうぞ」
 だから、手紙を書いた。自分のことなど気にせずに、部活に打ち込んでくれるように。
「戻らねーつもりか」
 流川は聞いた。
「まさか」
 花道は言う。ただ、と心の中で付け加えながら。
 戻れるかどうか、分からない。
 でも流川は、その言葉にほっとした。
 ここで花道にやめられたら、自分はどうしたらいいのか分からない。
「出来る限り、バスケはやるつもり。でも、間に合わねぇだろ」
 流川には。
 いずれは負かすつもりでも、そんな先の長い約束は出来ない。
 けれども、流川はそんな花道の言葉を許せなかった。
「諦めるんか」
 ぎゅっと手を握り締める。
 花道は、流川を振り返った。
「違う。ただ、約束は出来ねぇ」
 はっきり言い切ったその言葉に、流川は無意識に腕を伸ばした。
 顔が、奇妙に歪む。
「なら、んなこと言うな」
 てっきり殴られるなり掴みかかられるぐらいするのだろうと思っていた花道は、その腕が肩にまわったことに驚いて目を瞠った。
「てめーは、オレを倒すんだろ? 諦めねーんだろ? それだけでいいから」
「ルカワ……」
 ……怒ってんのかと思ったのに……。
 約束はいらない。いつまでも待つってか?
 とんでもない拾い物をした。そんな風に流川に評価されていたなんて、思ってもいなかった。
 でも――
 花道は、されるがままに遊ばせていた手を、ゆっくりと流川の背にまわす。
「つれぇぞ?」
 待ち続けるということは。
「そんでもいい」
 終わりよりかはずっといい。
 花道は、腕に力を込めた。
 流川はきっと嫌がるだろう。けれども、やはりこの言葉しか出てこない。
 心の中で、花道は言った。
 ありがとう。
 この出会いを、ありがとう。
 流川はずっと、花道から腕を解かなかった。




















 四月一日。プレゼント代わりか、医者から許可が下りた。
 アヤコさんが、またバシバシしごいてあげると、嬉しくもないことを言っていた。ハルコさんは、お祝いをしてくれるそうだ。
 今日、十六歳になった。



 どあほう、部活に復帰する。



1999/10


きまぐれにはなるはな