あいかわらずの

 バスケ馬鹿を捉まえるのは容易なことではない。
 そのうえ、恋愛に無頓着となるとなおさらだ。それも、自分の気持ちにすら気付いていないとなると、どう手を打っていいものか、皆目見当も付かなくなる。
 高校時代はとにかくバスケにどっぷりで、オレは流川に追いつくことしか考えていなかった。余裕なんて全然無かった。
 それが出てきたのは、大学生になってからだ。いつも流川が目の前にいないってだけで、焦りをあまり感じなくなったのだ。それで自然と、女の子にも目が行った。
 幸い、オレはもてる男になっていたし、天敵の流川もいないしで、かなり選び放題だったのだが、
「ちゃらちゃらしてる余裕あんのかよ、どあほう」
 ちょっとコンパに行っただけで、翌日必ずあいつの来訪を受けた。それも毎回だ。
 しまいには、オレがコンパに行くと翌日流川が大学に来るってんで、誘われるようになった。ふざけるなって感じだ。
 オレ様がもてるのが、そんなにおもしろくないかね。
 勘違いしてんじゃねぇ、どへたくそ。
 ライバルなくすのがおしいってんなら、センドーはどうなんだよ。あいつだって彼女いるぞ。
 てめーは両立なんて出来ねぇだろ。どっちも駄目んなって終わりじゃねぇの。
 そんなやり取りを毎回繰り返して、ならおめーはどうなんだよって場面に何度か出くわして、オレは思ったんだ。やきもち、妬いてんのかなって。
 実際オレは、マネージャーだか何だか知んねぇけど、あいつの腕にまとわりついてる女の人にむかっ腹立ったこともあったし、誰それとラブホ近辺で見かけたとかいう噂話を耳にして面白くなかったし、あいつがいちいちくんのも、そういう理由からなのかと思っていたのに、
「え? ……いつ?」
 あっさりと、しかも無言で、あいつは渡米しやがった。
 分かるかよ、その時のオレの心境。ライバルだと思っていた、しかも男相手に、好意なんか持っちゃったりして、そのうえ両想いなんじゃねぇのと期待したりして、苦悩と希望を行ったり来たりしていた矢先だぜ。
 ふざけるなよ。何だったんだよ、一体。
 そんな気にもならぁな。
 来ない連絡に溜まった鬱憤を実業団で晴らし、ヤツのゴシップ記事にも慣れてきたころ、オレに縁談が持ち上がった。
 会社の創業何十周年だったかで開かれたパーティーで、会長の孫娘がオレを気に入ってくれたらしい。確かにいい人だった。付き合うとかは別にして、闊達な家庭を築くことが出来るだろうと思える人だった。
 けれど、その縁談も、オレの所に打診がくる前に、流川につぶされた。
 何でも彼女の親がオフレコで、アメリカの友人に娘が今熱を上げている男がいて、婿に貰う予定があるだとか、言ったらしい。
 親も親だけど、それを聞きつけた流川も凄いと思う。オレでさえ知らなかった話なのに。
「こいつはバスケだけしてればいーんです。家庭持つには百年はえぇ。あんただって、今仕事波に乗ってんだろ」
 スポーツジャーナリストとして活躍していた彼女は、ただ選手として、オレを気に入ってくれていただけだったと言う。後に彼女から笑い話として聞かされた。
 オレはこっぱずかしくなると同時に、流川の気持ちをはっきりと知ったのに、あいつは変わらずわけの分からない行動をとるばかりだった。
 この一件がきっかけで、結構マスコミに目を付けられるようになったオレは、バスケ界への注目の貢献にもなるだろうと野放しにしていたのだが、その所為で何かにつけ、流川が飛んでくるようになった。
 これでもオレは一度、意を決して言ったことがある。
「一緒に住むか」
 流川にはあっさり却下された。
 確かにお互い、プレイヤーとして一番脂が乗っていた時期だった。無理なことは分かっていたけれど、言わずにはいられなかったのだ。それなのにあいつときたら
「嫌だ」
 の一言で片付けやがった。
 「無理だ」とか「何で」とかならまだいい。まだいいんだ。なのにあいつは「嫌だ」と言いやがった。
 オレの勘違いかと思ったよ。やっぱ流川もオレのことを好きなんじゃないかってのは、オレの作り出した幻なんだって。でなきゃ普通言わねぇだろ、イヤだなんて。
 振られたんだとばっか思っていたんだけど、それ以降もあいつの態度は変わらずで、オレはずっと振り回されっぱなしだ。


 毎度のごとく、これを見たらすっ飛んでくるだろうと思われる記事が載ったので、オレは流川に電話をかけてみた。いつもは空しく続くだけのコール音が、めずらしく数回目で途切れる。
「ガセだからな」
 オレはまずそう言った。とにかく、釘を刺しておかなければ。そう何度も、いくらとんぼ返りするとはいえ、仕事を放り出してこられては困るんだ。
「何が」
 のんきな声に、まだ記事を見ていないのだと確信するが、とにかくここは何もないことを強調しておかないと。
「だから、交際発覚とか結婚秒読みとか書いてあっけど、全然そんな話ねぇから。メシすら一緒に食いに行ったことねぇからな」
 こんなんじゃ話通じねぇだろと自分でもどかしく思いながら説明を続けると、
「あぁ、あれか」
 意外な言葉が返ってきた。
 一瞬耳を疑ったぜ。言葉も続かなくならぁな。
「どうした」
 余裕ぶっこいた流川の声に、オレは正気を取り戻した。
「てめぇ、今、あぁ、あれかっつった?」
「言ったけど?」
 つまり、記事を見たってこった。
「いつ知った?」
「今日の昼前」
 今は夜だぜ?
「で、今何してんだ」
「メシ食ってる」
 今日の昼前にあの記事を見て、今メシ食ってるってのかよ。
「一人で?」
「おう」
 相変わらずそっけなくて淡々とした声だな。
 人がせっかく、てめーがまた無駄足を踏まなくていいように電話してきてやったっていうのに、何で今回に限ってのんびり構えてんだよ。やっぱオレの勘違い……。
 いやいや、それは無いはずだ。
 だとしたら。
「……お前、まさか彼女できた?」
「は?」
 何言ってんの、おめー。といわんばかりの口調にかちんとくる。
「てめぇ、いつもオレのときはすっ飛んでくるくせに、自分が女がらみですっぱ抜かれても全然連絡よこさねぇし、否定もしねぇし、オレはこっちで知らずにおたおたするだけで、どうしたんだろうと思っても、お前は遠征でつかまらねぇし、そのうち誤報だって耳にして、だからてめぇが何してんのかなんてさっぱりわからねぇし、誰か好きな人が出来たのかとかもわからねぇし、もしかして結婚してんじゃねぇのかとか、子供が三人いるだとか、なんかもう、オレよくわかんなくなんだけどよ」
「ん」
 ん。てなんだよ。なにそんな落ち着いてんだよ。妙に優しい声出してんじゃねぇよ。
「何でこねぇの?」
 黙りやがった。
 こっちは聞いてんだよ、理由をよ。それを何で黙るんだ。オレには言えねぇ事情だってか。それとも関係ねぇとでも言うのかよ。ふざけんじゃねぇぞ。
「……お前、今期で契約切れるよな?」
「あぁ」
 鳶に油揚げさらわれてたまるかよ。
「こっち来ねぇ?」
 オレはずっと待ってたんだからな。
「一緒に暮らさねぇ? 日本で」
 待って、待って、ずっと我慢してきたんだ。あの馬鹿が、いい加減バスケに飽きる瞬間てのを。
 そりゃ実際、そんなの一瞬でもありゃしねぇて分かってるさ。
 でもまだバスケに負けるほうが、知らねぇ誰かに流川持っていかれるより、はるかにマシってもんだ。
 いくらオレでも、そこまでお人好しなんかじゃねぇぞ。
 おら。おめーはどうするよ。
「てめぇがアメリカに住むって手はねぇのかよ」
 え。
 それが答えかよ。
「それ言われるとなぁ」
 いいのか? 本当にそんなこと言っちゃっていいのかよ、流川。
 オレ、都合のいいほうに取っちゃうぞ?
「一緒にいてぇって思うし、何してんのかってすげぇ気になるけど、それとこれとは違うっつーか」
 なぁ、間違いを正すなら今のうちだからな。
「帰ってこいよ」
 喉がすげぇカラカラする。掌なんか汗ばんできた。こいつ、分かって物言ってんのかね。だんだん心配になってきた。
「てめぇ、他に本命いるんじゃねぇの?」
「は? 何だよ、それ」
 それはてめぇの話じゃねぇの?
「帰ってこなくていいって電話かけてきたんじゃねぇの」
 そっちで彼女できたんじゃねぇの?
「それはあれだ。無駄な金なんて使う必要ねぇからって、心配すんなって意味であって」
 だから来る気なかったんじゃねぇの?
「わかった」
「へ?」
 何が。
「来期、日本に帰る」
「本当か?」
 オレは耳を疑った。
「一緒に住むかはわかんねぇけど、だからてめぇも心配すんな」
 何だよ、それ。何でそんなまだるっこしいことしなくちゃなんねぇんだよ。
「一緒に住んでりゃ、心配事も減ると思うけど」
「考えとく」
 ふっと笑った声が聞こえた。
 ちくしょう。また嫌味ったらしく格好つけて笑っていやがんだぜ、あの野郎。
 こっちはいっぱいいっぱいだってのに、またあいつ目の前にして、余裕のない毎日になるんかなぁ。
 ため息の似合いそうな思考にふと顔を上げてみれば、点いていないテレビの画面に、満面の笑みを浮かべたオレの顔が映っていた。

2007/10


きまぐれにはなるはな